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2017-05

『キャプテン・アブ・ラーイド』 - 2010.10.19 Tue

「キャプテン アブ・ラーイド CAPTAIN ABU RAED」 アミン・マタルカ監督/ヨルダン

NHKアジア・フィルム・フェスティバルの上映作品だけど、だいぶ前から予告編が流れていて、なんとなく観るにつけ、この清掃員のおじさん、拾った機長帽つけて、その後どーする気だろう? どんな話なんだろう? とちょこっと気になってはいた。
でもまぁ、忙しくて観る予定なんかなかったんだけど、TVつけたらちょうど始まったところで、アブ・ラーイド役のナディム・サワルハの表情がなんとも良くって、ついつい、どうなるんだろ、と観てしまった。
このテのじいさまの顔にヨワイらしい。
いや、しかし。
良かった。
途中、貧しさとか貧富の差とか、妻子の虐待とか、苦しい場面も多かったんだけど、そしてまったくのハッピーエンドだったりはしないんだけど、子供たちやアブ・ラーイドの印象深い表情のおかげで、何か希望に満ちたものが心に残った。
アブ・ラーイドんちの屋上から見渡す、乾いたアンマンの光景も印象に残った。
人との関わり合い、その中から未来へとつながってゆくもの。
最初に出てきたパイロットの登場シーンが、最後につながって泣かせられた。
人との関わり合いって、大変で、ときに非情で残酷で、でも、やっぱり希望に満ちている。
そう思わせてくれた一本だった。

(以下、ネタバレなので追記に)


最後に、「おまえは病んでいる」「力になりたい」と、酔っぱらって暴力を振るう父親に静かに語りかけたアブ・ラーイド。
この父親は希望のない生活の中で「病んで」、妻や子たちを殴るようになってしまい、おそらく自分では止められないところにいる。
こういう虐待を繰り返す人間がいる家庭は、主に都会なんかじゃ、基本的には孤立して、誰もかかわろうとはしてくれずに病んでいく一方だろうけれど、隣人アブ・ラーイドはその家庭の子供を通して、かかわりを持っていく。
アブ・ラーイドが子供たちを救おうとしたくてやることは、大体裏目に出るし、あ~、そんなことしたって、もっと悪くなるばっかなのにな、と思えるような拙い関わり方だ。
でも、それがまたリアルで、普通はこんなもんだよな、と思わせてくれる展開になる。
たいていの人間は、ここで関わり合いをやめると思う。
だって、無理だもん。
病んだ人間関係に立ち入って、何かを変えようとするときは、そこにものすごいエネルギーがかかることになる。
今の日本でいえば、神経内科のような専門医も必要になるだろうし、かかわるほうには命の危険が、しゃれではなくつきまとうことになる。
結局、アブ・ラーイドは最後まで関わることを選ぶんだけど、それも彼がこれまで送ってきた人生がそうさせたんだな、という素直な流れ。

子供たちが機長帽をつけたアブ・ラーイドに、旅の話を聞かせてくれと頼んで、目をキラキラさせてアブ・ラーイドの作り話に聞き入るシーンはとても素敵だった。
でも、この映画は、アブ・ラーイドが機長(キャプテン)と呼ばれることが大事なわけでも何でもなくて、ただの清掃員だとバレて、悲哀に満ちた彼の人生を描くわけでもなくて。
隣人の子供とかつて亡くした自分の子供とを重ねてしまっているような、アブ・ラーイドのエゴイズムを淡々と描きながら、そこに滲み出てくる人と人との関わり合いから生まれる希望? のようなものが仄かに垣間見えてくる…、――――そういう静かな描き方が印象に残る映画だった。

※映画の詳しいあらすじについては、ココのブログ記事によく書かれているようなので、ご参考まで。

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